窓を開け放って朝の空気に触れた気分である。
戸締まりをしておいても、勝手に土足で上がりこんでくるような音ばかりが、耳につく昨今、
久しぶりに透明な余白を感じさせる音楽に出会った。
バリ島でもチュニスでも、時間はゆったり流れている。
そういう土地で人々は代々、音を一つずつ柔らかな綿毛にくるむようにして育ててきた。
だから一音、一打が豊かな倍音を持つようになったのだ。
そのような音ならば、どれほど遠く隔たった国から来たもの同士でも、
まるで何世紀も共にしたかのようにたちまち解け合うことが出来る。
ここでのヴォイスは、それらの音が織り成す水面を行く船かもしれない。
帆が微風を受けているかのようだ。

佐藤允彦(ジャズピアニスト)

どうぞ、ファーストアルバム「RabiSari]もお聴きください
ラビィサリ初アルバム!!
RabiSari
話題の二作目
RabiSari II

メンバー紹介

松本 泰子(ヴォイス・作曲)
埼玉県加須市生まれ。幼少の頃より教会に通い聖歌に親しみ、同じ頃ピアノのレッスンを受ける。十代半ばですでにシンガーソングライターとしてライブ活動を始め、ライブハウスなどで好評を博す。大学卒業の頃ジャズヴォーカルと出会い傾倒し、伊藤君子氏に師事。伊藤氏にも高い評価を得て、ジャズヴォーカリストとしてデビューし都内ライブハウスを中心に活躍、そのころ鈴木勲氏(ウッドベース)のグループにも参加する。86年UCCジャズヴォーカル新人コンテスト特別賞受賞。90年を境に様々な民族音楽と出会う機会に恵まれ、セッションを重ね、その中から自分の生まれ育った風土をもう一度自分の声で表現しようと現在のようにジャンルにとらわれず、日本の童歌・民謡をはじめアラブ民謡、そして自らの作詞作曲によるオリジナル等も手掛けている。

常味 裕司(ウードOud)
東京生まれ、日本では数少ないウード演奏家。アラブ音楽楽団主宰。西南アジア音楽、インド音楽をシタール奏者若林忠宏氏に師事。その間にアラブ音楽に出会いウードを手にする。スーダンのウード奏者ハムザ・エル=ディン氏の下でウードの演奏法を学び、89、93年チュニジアへ渡り、チュニス国立学院ウード科教授アリ・スリティ氏に師事。同年チュニジアでは、チュニス国営TV,メディナ・ラマダーンフェスティバルにて演奏。日本においては、アラブ古典音楽を中心に様々な音楽家、パフォーマーと共演。大阪花博、アラブ文化協会コンサート、琵琶湖芸術祭、トルコ大使館コンサート、サウジアラビア大使主催晩餐会(皇太子御夫妻、秋篠宮御夫妻の御前で演奏)。エジプト大使館、チュニジア展、いのちの集い、シリーズ:オリエンタルから秩父へ、その他自主企画コンサートなど全国的に演奏活動を展開している。97年自ら率いるグループ「アラビンディア」(ヴァイオリン・太田恵資/タブラ・吉見征樹)とピアニスト佐藤允彦氏によるユニット「STOY」(ストイ)のアルバム「STOY」(BajRecord)を99年12月「アラブインディア」として初アルバム「arabindia」をそれぞれリリース

和田 啓(Kendangクンダン他ハンドドラム)
10才の頃、ジュニアオ−ケストラに参加、パ−カッションを学ぶ。ほぼ同時期から“江戸里神楽”の松本源之助氏に入門、笛・太鼓を学ぶ。日本大学芸術学部在学中よりミュージカル劇団の音楽監督を務めるなど徐々に活動を始める。90年よりバリ島に渡り民族音楽であるガムランを学び、特にkendang(クンダン)と言う両面太鼓にひかれ、A・A・グデ・バグース・マンダラ氏、ワヤン・ガンドラ氏の両氏に師事。パーカッショニストとして様々なアーティストとも数多く共演している一方、作曲・劇作・脚本・演出も手がけるなど精力的に活動している。海外での演奏活動も多く、主なものには、92年日・韓・中・印ユニットによるバリガムランとのジョイントインドネシア公演、94年ハンガリー公演、95年能楽や民族楽器とによる「日本の伝統と現在」ヨーロッパ5カ国公演、96年奄美島唄とのジョイントグループ「天海」でのキューバ公演、また、99年ゲーテ作「ファウスト」ヨーロッパ4ヶ国公演、2000年「三島近代能楽集〜三島の女たち」ヨーロッパ5ヶ国公演などでは舞台音楽を担当・演奏している。2001年「ヴェニスの商人」(読売演劇大賞作品賞受賞)では音楽監督を担当、2002年「マクベット」(イヨネスコ原作)でも音楽監督を担当しヨーロッパツアーに参加している。